ニュースの概要
調査会社Fortune Business Insightsが、米国の補聴器市場について2032年までの規模と成長見通しをまとめた市場調査を公表した。高齢化に伴う難聴人口の増加、デジタル技術の進展、購入しやすい製品の登場が拡大を支える要因として挙げられている。米国では2022年に処方箋なしで買える市販補聴器の制度が始まり、価格や購入経路の前提が大きく変わった。従来は専門家による聴力測定と調整を経て高額な機器を買うのが一般的だったが、いまは量販店やネット通販でも選べる。本稿ではこの市場予測を、制度変更、競争構造、事業者の打ち手という三つの角度から読み解く。
引用元: 米国の補聴器市場規模、シェア、動向 |成長 [2032](Fortune Business Insights)
分析・見解
成長を支えるのは高齢化だけではない
米国の難聴人口は数千万人規模とされ、六十五歳以上では約三人に一人が何らかの聴力低下を抱えるといわれる。市場拡大の第一の理由は、この人口構成の変化である。
だが本質は別にある。難聴があっても補聴器を使っていない人が、いまだに多数派だという点だ。価格が高い、病院へ行くのが面倒、人に気づかれたくない。こうした壁が需要を眠らせてきた。市場予測の伸びは、この眠った需要がどれだけ目を覚ますかにかかっている。
市販化制度が価格と購入体験を変えた
2022年に米食品医薬品局(FDA)が市販補聴器の区分を設けた。軽度から中等度の難聴なら、処方箋も専門家の診察も要らない。ネットや店頭で買い、スマートフォンで自分で調整できる。
以前の一台あたりの価格は、両耳で数千ドルが普通だった。市販品では数百ドルの製品も並ぶ。メガネに例えれば、老眼鏡が薬局で買えるようになった状態に近い。購入の入口が広がることで、これまで見送っていた人が試しやすくなった。
イヤホン大手の参入が競争の土俵を変える
従来の補聴器業界は、少数の専業大手と専門店網が中心だった。そこへ、完全ワイヤレスイヤホンを手がける大手電機メーカーが補聴機能を載せて参入した。
この変化は価格競争だけを意味しない。補聴器が「医療機器」から「毎日つける身近な機器」へ寄る動きである。音楽や通話、翻訳と一体になれば、補聴器をつけること自体の気恥ずかしさが薄れる。心理的な壁が下がる効果は、値下げ以上に大きいかもしれない。
AI機能は騒がしい場所での聞き取りを狙う
補聴器利用者の不満で多いのは、レストランや雑踏で会話が聞き取れないことだ。近年の機種は、AIで周囲の雑音と人の声を分け、話者の声だけを持ち上げる処理を進めている。
ここが次の差別化点になる。音を大きくするだけの機器は価格競争に巻き込まれる。一方で、聞き取りの質を実際に高める機器は、価格が高くても選ばれる余地がある。市場は低価格帯と高機能帯に二極化していくと見る。
ビジネスへの影響
専門店は販売から調整とケアへ軸足を移す
機器そのものが安く手に入る時代には、専門店の価値は「売ること」から「合わせること」に移る。耳の形、聴力の変化、生活環境に合わせた細かな調整は、自己設定では限界がある。購入後の定期点検、聴力測定、使い方の指導を月額制のサービスにするなど、継続的な関係で収益を得る設計が現実的である。市販品を購入した人が、後から調整だけを依頼できる窓口を用意するのも手だ。
日本の事業者が米国の動きから学べる点
日本では補聴器は医療機器として扱われ、販売には認定制度や専門店の関与が根強い。米国と同じ規制緩和がすぐ起きるとは限らない。ただ、輸入品やイヤホン型の聴覚補助製品を通じて、消費者の期待値は先に変わっていく。
意思決定者が今から備えるべき点は三つある。第一に、軽度の難聴層に向けた入門向けの商品と価格帯を用意すること。第二に、オンラインでの聴力チェックと店舗での調整を組み合わせた購入導線をつくること。第三に、自社の強みが機器の性能なのか、人によるケアなのかを明確にすることだ。市場の拡大予測は追い風だが、恩恵を受けるのは購入体験を設計し直した事業者である。